京都人

台湾にとどける京の真髄
京都の人々が本当に通う場所

京都人 Vol.002泉涌寺道

2016年04月05日 UPDATE

経営者・料理人 澤田正三

瀟洒なお屋敷でいただく、そば会席。

「一生懸命つくった料理の説明やから、うれしいに決まってますやん!」。

澤正 経営者・料理人 澤田正三

「大いなる新人」であることが強みです

 泉涌寺道のバス停から、剣神社へ続く勾配を登った先に現れる和洋折衷建築。レトロな洋館を従えた、破風造りのお屋敷が澤正だ。古代紫の暖簾には梅の花びらの紋がくっきりと染め抜かれている。 梅の花といえば、そばぼうろと同じだ。「父がそば菓子職人だったんです。昔は店舗をもたず、京都市内の有名なそば屋さんの下請けをしていました」。
 
 そば茶寮・澤正を経営する澤田正三さんはこう振り返る。兄も父と同じ菓子職人の道を選び、家業を継ぐ必要がないと思った澤田さんは、同志社大学でアメリカンフットボールに情熱を傾ける。卒業後はスポーツ用品会社で営業を担当した。 
 
 29歳、起業のために澤田さんは会社を辞める。仕事が始まったら忙しくなるからと、実家に立ち寄ったそのときが、今思えば人生の分かれ目だった。
 
 「父に『ちょっと営業を手伝ってくれへんか』と頼まれて。軽い気持ちで引き受けたところ、同じ職人同士、父とぶつかりがちだった兄が実家を離れてしまいました。残された僕には一大事でした」。
 

随筆家の薫陶を受けて
鍛え上げたセンスと味

 
 結局起業をあきらめて、澤田さんは実家でそば菓子の販売に力を入れる。同時にそば菓子作りとそば打ちを学び始める。「そばぼうろは一年中同じ味に感じるでしょうが、夏と冬では別のお菓子じゃないかと思うほど配合を変えてるんです」。  
 
 30代の澤田さんが薫陶を受けた人物が、京料理に関する随筆で知られる大正生まれの文筆家、大村しげさんだ。教わったのは器や骨董、京都の食文化だけではない。菓子もそばも彼女のOKが出るまでは店で出さなかった。
 
 「あの美食家の大村さんが、僕の打ったそばを、毎晩一本も残さず食べてくれるわけです。『これほどの方にまずいそばを食べさせてはいけない』、それがプレッシャーになり、上達の励みになりました」。ある晩、そばを食べた大村さんが「あんた、いけるえ」と言った。澤田さんがそば菓子屋の2階で、打ち立てのそばを供し始めたのが35歳のときだった。
 

そばと出汁、アンティーク。
得意分野で勝負する

 
 澤田さんが茶寮・澤正を開いたのは49歳。調理師学校に通った経験はないが、味覚のセンスと出汁の味、アンティークの器に自信があった。八寸から小鉢、菓子まで、山科の朝穫り野菜とそば尽くしの創作会席で客をもてなしたいと思った。
 
 「49歳から数えて10年です。同じ10年目でも、おいしいものを食べた回数は若い料理人より絶対僕のほうが多い。『大いなる新人』の気持ちで臨んでいます」。
 
 料理を介したお客様との真剣勝負は、プロスポーツ選手の感覚に似ているかもしれない、と澤田さんは言う。毎回お客様にメニューの話をするのが楽しくて仕方がないと、少年のように目を輝かせる。
 
 「自分が一生懸命つくった料理の説明やから、うれしいに決まってますやん!」。

打ちの二八そば。北海道黒松内町の落合勝雄さんか ら取り寄せた石臼挽きのそば粉を使用。来店客とのご縁か ら、仕入れ先を紹介してもらうことも少なくない。

打ちの二八そば。北海道黒松内町の落合勝雄さんか ら取り寄せた石臼挽きのそば粉を使用。来店客とのご縁か ら、仕入れ先を紹介してもらうことも少なくない。

八寸は山科にある農園の地野菜を中心に組みたてる。季節野 菜の和スープはだしが効いて滋味があふれる。地元・清水 焼の小皿にも注目したい。

八寸は山科にある農園の地野菜を中心に組みたてる。季節野 菜の和スープはだしが効いて滋味があふれる。地元・清水 焼の小皿にも注目したい。

雰囲気のある洋室。茶寮で は随時、墨絵や絵画展など催し物を行っている。

雰囲気のある洋室。茶寮で は随時、墨絵や絵画展など催し物を行っている。

Shop Data
店舗名 澤正
住所 京都市東山区今熊野剣宮町33-22
電話番号 075-561-4786
営業時間 12時~14時半
定休日 奇数月は水曜、偶数月は火曜
URL http://sawasho.jp/
LINEで送る
Pocket

Other Kyoto-jin

京都人・最新刊

Vol.004

下緑町

2016年6月発行

設置場所はこちら

京都人について

京都人004_Kyotojin004

Pick UP

Kyoto-jin News

LANGUAGE

日本語 繁体中文