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京都人 Vol.002泉涌寺道

2016年04月05日 UPDATE

店主 辻村安太朗

地元住民に愛される、柴漬け「おらがむら」。

「40歳過ぎてできた子やから、 親父にはむっちゃくちゃ可愛がられました」。

ニシダや 店主 辻村安太朗

地元の人に
愛されたおかげです

 「おいしい柴漬け知ってる?」と聞かれて、京都人ならすぐにお気に入りの味を挙げられるだろう。ナスとキュウリの配合、味つけは店ごとに違う。
 柴漬け「おらがむら」の特徴は、ほどよい酸味のぱりぱりキュウリだ。ミョウガ、ナス、ショウガ、シソの葉がリズムを変える、具材の絶妙な組み合わせ。地元住民をはじめ、多くの京都人に熱烈に支持される漬物屋がニシダやだ。
 

富士自転車にミゼット。
溺愛された幼少期

 
 ニシダや一代目の辻村安右衛門さんは、農家の四男として生まれた。小学生のときに泉涌寺道近くの八百屋「西田生果店」に丁稚奉公に入る。1936年、安右衛門さんは27歳のときに独立、奉公先の近くで漬物屋を構える。太平洋戦争で兵役にとられ、ビルマからの復員後、親戚に預けた2人の愛児を病気で喪ったことを知る。失意の底にあった1949年、41歳でできた息子が2代目当主、辻村安太朗さんだ。
 
「もうね、親父にはむっちゃくちゃ可愛がられました。小学校のときに欲しかったのが、当時人気だった富士自転車。『他の子が持っている』って言ったら、次の日枕元に置いてありました」。
 
 辻村さんが初めて三輪自動車ミゼットを運転したのは小学6年のとき。父親に「乗ってみたい」とおねだりをすると、人が通らない山科の坂道に連れていかれ、こっそり運転席に座らせてくれた。
「下り坂で、自分でハンドルを握ったときの興奮は今もよく覚えています」。
 

「油断しちゃいけんぞ」
自分の味に自信をもつ

 
 1960年代に入り、祇園のお茶屋や西陣からの注文が急増した。伊丹十三と宮本信子のドキュメンタリー旅番組『遠くへ行きたい』で取り上げられたこともあり、「おらがむら」が全国的に爆発的に
売れ始めたのは辻村さんが中学校に上がる頃だった。忙しい父親の後ろ姿を見て「はよ手伝わんとかわいそう」と感じた辻村さんは、自発的に毎朝3時に起きて漬物桶に向かうようになる。
 
「朝に得意先に配達してから行くから、高校に着いたら眠くてしかたない。午前中は寝てました。開き直って、職員室で漬物の注文を取りに回りました」。
 卒業後はそのまま家を手伝い、21歳で結婚、家業を継いだ。自分の味にまだ自信がもてなかった20代半ば、父と行った焼肉屋で忘れられない思い出がある。
 
「最後に、白いごはんとうちの柴漬けを出してくれました。そうとは知らずに食べた親父が、急に怖い顔になって言ったのです。『おい安太朗、油断しちゃあかんで。この柴漬け、うちのよりうまいかもしれん』と。もう大丈夫だと思いました」。
 
 以来、安太朗さんは味を守り続ける。「地元の人に愛されたのがよかったんやと思います。『売れすぎてまずくなった』、『親父が死んだらまずくなった』とは絶対に言われたくないですね」。

先代の安右衛門さんが店頭で撮影した写真。「新しいものが大好 きで、ユニークな感性の持ち主。白洲次郎に似た、ハイカラな人で した」。

先代の安右衛門さんが店頭で撮影した写真。「新しいものが大好 きで、ユニークな感性の持ち主。白洲次郎に似た、ハイカラな人で した」。

おらがむら」のパッケージデザインも先代の手による。 「コンパスなんて家にない時代、食べた丼をひっくり返して、親父が 円を描いていたのが印象的です」。

おらがむら」のパッケージデザインも先代の手による。 「コンパスなんて家にない時代、食べた丼をひっくり返して、親父が 円を描いていたのが印象的です」。

お店ではたくさんの漬物 がよりどりみどり。「一番人気はやっぱり『おらがむら』です」。

お店ではたくさんの漬物 がよりどりみどり。「一番人気はやっぱり『おらがむら』です」。

店内の様子

店内の様子

Shop Data
店舗名 ニシダや
住所 京都市東山区今熊野池田町6
電話番号 075-561-4740
営業時間 9時~17時
定休日 不定休
URL http://www.nishidaya.com/
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